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| プロフィール |

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両親から強い影響を受けた少年時代
1955年(昭和30年)広島県の農家に元パイロットの父と小学校教師の母の次男として誕生。婦人会運動に熱心だった母親から農村の生活改善運動の影響を受けたと共に、歴史的人物を乗せてアジアを飛び回っていた父親から国際性を学んだ。
生徒会活動などに積極的に関わった高校時代
1973年(昭和48年)広島県立三次高等学校を卒業。在学中は生徒会長として自主カリキュラムの作成・実施に成功。被爆地ヒロシマとしての平和運動や反差別の諸活動にも参加。
労働現場の厳しさを経験した日産時代
1973年(昭和48年)日産自動車(株)に就職し、新子安の横浜工場や栃木工場に勤務。溶接やプレス加工、生産管理に携わる。日産労組青年部や地域演劇クラブでも活動。
生協運動に従事
1977年(昭和52年)より積極的に社会運動に関わるため、国労共済生協に転職。生協・労働者共済運動を広める教育活動などに関与。
イギリスでヨーロッパ型社会民主主義を経験
1982年(昭和57年)国鉄労働組合(国労)本部に移籍後、研修生としてITF(国際運輸労連)ロンドン本部へ派遣。国際労働運動を学ぶと共に、サッチャー政権下でフォークランド戦争や炭鉱スト、反核運動を現地で経験。ヨーロッパ型社会民主主義の影響を受けた。
国鉄分割民営化の嵐の中に
1985年(昭和60年)イギリスから帰国して国労本部書記として、国鉄分割民営化の渦中に国際担当、委員長秘書、国会担当。
国際労働運動への道
1987年(昭和62年)国労を退職してITFに就職。日本事務所長を経て1993年(平成5年)からロンドン本部へ移りアジア太平洋地域部長。1996年(平成8年)にはアジア太平洋事務所を東京に移転させ、今日に至る。
組合運動を通じてアジアの民主化のために
現在は、ITFアジア太平洋地域部長として、労働組合の国際連帯を発展させるためにアジア太平洋各国を中心に活動中。最近はビルマやインドネシアの民主化運動、日本のJR採用差別問題、船員の国際労働基準作りに重点的に取り組む。
政治活動に参加
2003年(平成15年)と2005年(平成17年)の衆議院議員選挙で社民党公認候補者。現在は党神奈川県連合副代表。
現住所: 横浜市西区浅間台
資格: ケンブリッジ大学英語検定CPE(特級)
趣味: 美術鑑賞、瞑想、読書
好きな言葉: 笑入未来(笑いの中に未来が生まれる)
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